王の誓い
うっそうと茂る森の中。木々がひしめきあうように立ち、雑草は方々に生えている。
月明かりによって薄く照らし出され、神秘的にも思える景色の中を跡部は慎重に歩いていた。
歩き続けるうちに砂利道に出た。車2台は通れそうな幅の道だ。
この周囲だけは月明かりが木々に遮られることなく照らされて明るい。
その道の真ん中には無防備にも座り込んでいる人影があった。
自分に背を向けて座っているがそれが誰なのか彼にはすぐにわかった。
何故なら人影は自分と同じデザインのジャージを着ており、髪の毛は暗い色で肩まで長かったから。
氷帝の参加者にはそのような人物は一人しかいない。
彼の事は仲間として信頼はしているが今は状況が状況だ。まずは様子を観察してみることにした。
彼の心が現状に堪えきれず壊れてしまってゲームに乗っている可能性もある。
跡部自身、そのようになってしまった人物をこの数時間で何人もみてきたのだ。
必要以上に慎重になるのも道理である。
よくよく観察してみると誰かを抱えているようだ。
足以外が見えないのでそれが誰なのかはわからなかったのだが、
まったく動かない様子から死体であろうと推察した。
彼が殺したのかもしれないし既に殺されていたのかもしれない。
前者だった場合は次に自分が殺される可能性が高い。
危険だとは思ったが、見なかったことにするのも躊躇われた跡部は意を決して声をかけた。
「おい…忍足……。」
「…………跡部……か…。」
声を殺して名前を呼ぶと忍足はゆっくりと振り返った。
彼の顔は涙と血で濡れていた。
その表情から彼に自分を殺す意志はないと直感で判断した跡部はさらにゆっくりと近づく。
すると忍足が抱えている身体がだんだんと見えて来た。
相変わらず自分側からは足しか見えないが、彼が大事そうに抱えていることからその身体が誰なのかだいたいの検討がついてしまった。
「それ…向日か…?」
跡部の問いに対して忍足はただ哀しそうな笑みをみせただけだったが肯定の意であることは十分に伝わった。
そしてまた背を向けると下を向いて彼の髪を梳きはじめた。
跡部はゆっくりと忍足の正面へと回り込んだ。
そこでようやく忍足が抱えている身体の全身を見る事ができた。
それはやはり予想通り向日で、彼の胸部は黒いシミが広がっていた。
恐らくそこへの攻撃による失血が死因であることは間違いなかった。
そこまで確認すると跡部はおそらく否定してくれるというほぼ確信に近い考えをもって、同時に否定してくれることを願って静かに問いかけた。
「忍足、お前がやったのか?」
その問いを聞いて忍足は手を止めた。
ゆるゆると首を横に振り、哀しげに微笑んで言った。
「岳人なぁ、俺をかばって…死んでもうた……。」
「…っ!」
「なあ…なんでオレらがこないなことせんといかんの?」
「…。」
跡部には答えられない。彼もまた、巻き込まれた側の人間なのだ。
「俺らまだ14やんなあ…。まだまだしたい事ぎょうさんあるわ。なのに殺し合えだとか、出来なきゃ明日で皆オダブツとか、そんなん…信じられへん……信じとうない…。」
「ああ…。」
「俺なあ、こんなん乗る奴なんかおらんと思うとったわ。でもおるんやな。」
「…俺も、居ないと思ってたよ。」
跡部は無意識に左腕を抑えた。そこは数時間前に襲撃され血で染まっている。
忍足は跡部の腕を見て、視線をまた彼の顔に戻した。
「なあ跡部。自分、誰か殺したか?」
「…2人。襲って来たから殺した。」
「そか。俺はな、1人殺ってもうたわ。」
「…向日を殺った奴か?」
忍足はコクリとうなずく。
「そこの木の影見てみ。この辺まだ誰も来とらんからアイツの武器も食料もあると思うで。」
「いらねえよ。お前が殺ったんだからお前が使えばいい。」
「俺にはもう要らんモンや。」
静かに告げる声にはっとして忍足を見る。彼の瞳は先ほどまでの哀しげなものではなくて覚悟を決めたようにまっすぐなものに変わっていた。
「このゲーム、どーせ1人しか生きられへんのやろ?ほなら跡部、自分が優勝しい。」
「待て!何考えてんだ。」
「岳人となあ、話しとったんよ。最後にはお前を生かそうってな。…ホンマは氷帝が最後まで生き残った時に死のうって思うとったんやけどなあ。岳人が死んでもうたし、これ以上生きる意味ないわ。」
「意味がないなんてことねえだろ!!」
思わず怒鳴り声をあげてしまった。
声を聞きつけて誰かくるかもしれない。声に出してから気付いたがもう遅い。
それにそんな事にかまっている場合ではなかった。ようやく出逢えた仲間が今まさに死のうとしているのだから。
忍足は自分のポケットを漁るとそこから手のひらサイズの拳銃を取り出してそのまま自分のこめかみに突きつけた。
その行動に跡部は硬直する。
すぐにでも彼に飛びついて銃を奪いたかったが、その前に引き金を引かれてしまいそうな気がしてただ立ち尽くすしかなかった。
代わりに必死で説得を試みる。
「やめろ!忍足…!」
「跡部…お前は生きろ。俺らのキングなんや。絶対、優勝しぃや」
「忍足っ!」
「もう行くな?岳人が待っとる。」
「銃をおろせ!!!」
「お前や岳人に出逢って、3年間、おもろかったで。」
パンッ――――――――
乾いた音が響き渡った。銃口から上がる硝煙、衝撃で崩れ落ちる身体。
こめかみに押し付けられた銃は正確に彼の頭を打ち抜き、一瞬にしてその命を奪い去った。
「忍足ぃいいいいいいいいいいいいいいっ!!!」
支える術を失った身体はそのまま地面へと横向けに落下し、彼に抱えられていた向日もまた同じ方向へと引っ張られる。
跡部は動けなかった。
目の前の動きがスローモーションで再生されているかのようにゆっくり映って見えるのに。
まるで跡部の時間は止まったかのよう。
2人の身体が地面に崩れた、その衝撃で跡部の意識は現実へと引き戻された。
跡部はゆっくりと歩み寄り、かがみ込んだ。
覗き込んだ2人の表情は戦場でなければまるで仲良く眠っているかのようにそれは穏やかなもので。
決して楽ではなかっただろう。苦しかっただろう。
それでも表情が穏やかだった事に跡部は少しだけ救われた思いがした。
跡部は忍足の右手を優しく開かせると銃を手に取った。
銃はまだ暖かい。
ぬくもりの残る銃を乱暴にズボンのポケットにねじこむと彼らの身体を仰向けに横たえて手を組ませてやった。
それが今の彼にとって仲間にしてあげられる最大限の手向けだと思ったから。
「忍足…向日…。お前らの為にも俺は必ず優勝すると誓う。」
彼らに向かって十字を切ると、忍足の話していた犯人が居るほうへ目を向けた。
しかしそちらへは近寄らずにまた薄暗い森の中へと引き返した。
残されたのは最期まで友を思い果てた2人のみ。
跡部は森へと踏み入れる直前、再度振り返り2人を見た。
最期の別れに。2人の姿を濃く、深く、自分の目に焼き付ける様に。
そして今度こそ振り返ることなく森の中へと消えた。
王はこの日かけがえのない2人の友を失い、彼らの為に固く強い誓いをたてた。
誓いは翌日果たされる事となる。多くの友の犠牲の果てに。
それでも王は振り返りはしない。必ず生き抜くと誓ったのだから。
前だけを見据え、歩き続けるのみ。